| 2002/9/29(sun) |
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さて、今夜からいよいよあの企画がスタートします。 2002年、夏。当サイトが夏休みに入ってから私の身に起きた様々な出来事を 通常の日記に代えて綴っていく夏休み日記。 今回は特別に「SUMMER編」と題しましてお送りしていきたいと思います。 では、これから約二週間、どうぞお付き合い下さい。 8月8日。 それは夏の盛りの頃。 夏休みに入ってしばらく経ったこの頃には、都会の喧騒の中に子供たちのはしゃぐ声が加わって 殺風景な都会に少しだけのどかな景色がひろがっていました。 私も8月の初日からサイトの更新を休んで本格的な夏の到来を感じていました。 ・・・ そんな私が立っていたのは 通学に利用するいつもの駅 しかも時刻は午前の7:00 ああ、そうさ。大学の授業なんだよっ!!(泣) しかもこの日は研究室の野外実験に参加(強制ToT)ということで、片道2時間のところに 赴かなければなりません。 勘弁してくれぇ。 なんでも実験を行う場所が埼玉県と聞いたものですから(ちなみに私は東京都在住) 「なーんだ近いじゃん」などと思っていたのですが、その実験場、 二駅行けば群馬県じゃねえか!!煤iT□T;) 何が悲しくて朝っぱらからイモとコンニャクの国なんぞに 行かなきゃならんのだ!!(*  ̄□ ̄)ノノ(群馬県民の方々スイマセン。汗) 学校から交通費が支給されるなどという事も無く、眠い目をこすりながら一路北へと向かう都会ぐまであった。 そしてこれが、 北関東3泊4日の旅のはじまりであった…… 北が私を呼んでいる。 と言うか、呼ばれたから行くんですがね(泣)。 |
| 2002/9/30(mon) |
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2002年の8月8日。 学生たちが夏休みを謳歌してるこの時期、都会ぐまは強制参加の大学の実験で 片道2時間の群馬県との県境付近へと旅立ったのであった・・・・・・。夏休み返せー。 8月8日。 電車に揺られること2時間。見渡す限りの田園風景。本当に関東か、ここは。 さて、大学の研究室の実験、ということでしたけど、 この実験、地面を乾燥させる必要があるため、一度焚き火をするんですよ。 ちなみにこの日のの気温38℃。 暑いというか熱いよ!!(;´д`)ハァハァ しかもこの実験は8時間程連続して行う必要があるものでして。 案の定、 数人の生徒が倒れました。(;゚д゚) キミたちの犠牲はムダにしないぞぉう(マテ) ・・・ まあ、何だかんだで実験も終わり、その日は付属の宿舎に泊まりました。 実験が無事(?)終了したということで場所を変えて懇親会が開かれたのですが、その帰り道 みんなで立ち寄ったコンビニで発見したモノ 高校生:時給700円 いや、別に高校生のバイト代が安いとかそういうことが言いたいんじゃないんです。 問題はその次。 たったの30円増しかよ!! しかも微妙に半端な額だ!! ・・・ おまけに、それだけではなかった。 何なんだよ!その半端な額は! 計算してみると870円に消費税をつけると確かに913円になりますが・・・・・・ それにしたって深夜帯だけ税込みってのも疑問が残るワケで。 |
| 2002/10/1(tue) |
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2002年の8月8日。 強制参加の大学の実験で片道2時間の所へ。 気温38℃の中、火を使う実験でもう大変。 近くのコンビニで発見した「深夜時給913円」ってのも謎だし。 8月9日。 実験から一夜明けて、この日は午前中に片付けをして撤収。 ようやく無罪放免、生徒は帰ることができます。 上り電車で東京方面へと帰っていく学科の友人たち。 そんな中 一人下り電車にゆられる都会ぐま そう 翌日に例のバイトを控えていたのです(爆)。 時間的には一旦家に帰ることもできますが、それだと家で休む時間が中途半端になる上に 交通費もかなりかかってしまうので、今回はバイト先に直接乗り込む事にしたのです。 学科のみんなは一人だけ荷物の多い私を 不思議がっていましたとも。ええ。(爆) ・・・ とは言え、一旦家に戻らないとなると今度は逆にかなり時間が余ってしまいます。 実験の片付けが終わったのが昼の12時過ぎで、現地の集合時間が午後8時。 乗り換えに手間取ったとして時間を多く見積もっても3時間以内には着きそうです。 外でヒマを潰すにしてもこの日も相変わらずの猛暑。 外なんか歩きたくありません。 そこで考えたのが なるべく冷房の効いた電車内で過ごし、 日が傾くのを待ってから行動する」 いいね。 いいね!! 「旅」ってカンジだね!! 「Air」の神奈編なんか思い浮かべながら旅をするオタク一匹。(爆) とりあえず各駅停車でのんびりと移動する都会ぐま。 乗り換えの駅、ホームで待つのは暑いので 喫茶店でコーヒーカップ片手に涼んで、 あまつさえ2本くらい後の電車を待つ余裕すらある私。 これ。 これですよ!! 旅はこうでなきゃ!! みんな、駅のホーム内にある喫茶店で一服することなんて 滅多にないだろう!? そりゃあ喫茶店で店員が店先にあるランチタイムメニューが書かれた黒板とイーゼルを片付けるのを見て「今、俗世では午後の2時を丁度まわったところなのだろふ。」などと文章にして考える余裕すらありますよ。 ・・・ そんなこんなで有意義に時間を潰しながら結局集合場所の駅に到着したのが午後5時。 激しく田舎の駅ですし、それにこんな時間ですから、同じバイトの人はおろか人自体が殆どいません。 待合室に大きなスーツケースを持った人が一人いるくらいです。 日もイイ感じに傾いてきて気温も下がってきたので、駅の近辺を歩いてみることにしました。 もっとも、歩いて行ける範囲には神社とか「道の駅」くらいしかなかったので、 ゆっくり時間をかけながら観光してまわりました。 夕日に染まる空 日本の田舎の夏 ビバ!旅!!(もういいって) ・・・ 夕暮れの田舎もいいですが、逆に暗くなると明かりが無くて身動きが取れなくなってしまうので、 結局午後6時過ぎに駅の待合室に戻ってきました。 相変わらず人の気配のしない駅。待合室には既に誰もいなく、 さっきのスーツケースがぽつんと佇んでいるだけでした。 ・・・ 今、 「あれ?さっきのスーツケースの持ち主は?」 と、思った方。 鋭いですね。 そうです。 実はこのスーツケース この平和な田舎町の駅に これから大騒動を巻き起こすこととなるのです。 当然そんなことは予想だにしない都会ぐまは、このスーツケースと共に待合室で午後8時にみんなが到着するのを待つのであった……。 |
| 2002/10/2(wed) |
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2002年の8月9日。 アルバイトの集合場所の駅。 集合時間まで2時間もあったので、待合室で待つことに。 しかしそこには謎のスーツケースが…… 8月9日。 時刻は午後の6時頃だったかと思います。 既に日も傾き、あたりに次第に夜の帳が降りはじめた頃です。 そんな時間の田舎の駅にですよ? 待合室に大きなスーツケースが ぽつんと置き去りにされているんですよ? なんとも不気味じゃあありませんか。 しかも、一時間ほど前にいた持ち主らしき人の姿はどこにもありません。 それも違うようです。 10分程経過しても誰も取りに来ません。 どうやら、何らかの事情でこのカバンの持ち主は 駅舎内にいないことだけは確かなようです。 ・・・ と、一人残っていたのだろうか、駅員さんがこちらに向かってきた。 駅員「あのー、そのカバン、お客さんのじゃあないですよね?」 都会ぐま「え? ええ、違いますが……」 聞くところによるとこのスーツケース、 この日の午後3時頃、つまりおよそ3時間余り前から ここに置き去りにされていたそうだ。 私が午後5時頃に見た持ち主らしき人というのも 実はこのカバンとは無関係のただのお客さんで、 駅員さんが尋ねたところやはり持ち主ではなかった、 と説明されました。 私も駅員さんも、思わず顔を見合わせます。 謎は深まる一方です。 私は駅員さんと、このカバンについてちょっと話をしました。 まず、当然ながら「誰かの忘れ物では?」という考えが浮かびます。
しかし、スーツケースっていったらアレですよ? 海外旅行とかに持っていく あの馬鹿でかいカバンですよ? こんな大きな荷物を 忘れる人なんて普通いません。 これを「忘れ物」として片付けてしまうのはあまり現実的な話ではないでしょう。 それに、この駅に忘れ物捜索の連絡は今のところ特に入っていないそうです。 とりあえず、「忘れ物説」は却下されました。 となれば、あとは誰かが故意に置いていったしかありません。 しかし、それならば一体何のために? ・・・ ちょっと処理に困る物があったために、スーツケースに入れて置き去りにしたのか? 複雑な事情によりどうしても過去の自分を消す必要があったため、逃亡中の旅荷物を置き去りにしたのか? はたまたテロリストによる爆弾テロか? 様々な憶測が飛び交います。 しかし、いずれもあくまで推測の域を出ません。 とりあえず私たちはもう暫く様子を見ることにしました。 ・・・ さらに数十分が経ちましたが、持ち主も忘れ物の連絡もありません。 それに、そもそも忘れ物かどうかも怪しいこのスーツケース。 私たちはついに警察を呼ぶことにしました。 さて、いよいよ緊迫してまいりました。 駅員さんは警察へ通報した後、駅内の事務所へと戻っていきました。 待合室には、私と、怪しげなスーツケースが一つ。 夏の盛り、蛾の羽音と点滅する蛍光灯の音だけが待合室に響きます。 そして湿気による蒸し暑さが不快感を一層際立たせていました。 ・・・ 数十分後、一台のパトカーが特有の赤いライトを回しながら夜の駅舎に到着しました。 パトカーから、屈強そうな3名の警察官の方々が降りてきました。 あらゆる危険性を考慮し、
3名ともそれぞれ防弾チョッキを着用しています。 生で初めて見ました、防弾チョッキ。(;゚д゚)ドキドキ 警察官が待合室へと踏み込んでいき、例のスーツケースを取り囲みます。 それを見守る私と駅員さん。 警察の方から危ないので離れるようにと言われたらそうするつもりでしたが、 特に注意もされなかったので、 好奇心に任せて一部始終を見守ることにしました。 一人の警官が、カバンのロックに手をかけます。 ・・・ ……カチャ。 空きました。 意外にも鍵は掛かっていませんでした。 それに、「空けた途端に大爆発」ということもありませんでしたので、 まず「爆弾テロ」の可能性は消えました。 とりあえず危険は無いことが分かると、 次にスーツケースの中身の確認にはいりました。 ・・・ しかし、まだ中に何が入っているのかは分かりません。 もしかしたら、拳銃や裏金、 はたまた、「日本のTVでは倫理的観点から放送できないモノ」が 入っているかもしれません。 ヘタをしたら私も当事者として、 捜査線上で容疑者候補として扱われるかもしれません。 捜査一課に事情聴取とかされたらどどどどうしよう!? ・・・ しかし、中から出てきたものは、衣類、洗面道具などの生活雑貨ばかりでした。 「訳アリ品の処分」の線も消えました。 となれば、あとは持ち主を示すような物が無いかの捜索です。 と、カバンを調べていた警官が、携帯電話を発見しました。 普通、携帯電話はポケットに入れるか、 すぐ取り出せるようなバックに入れて持ち歩くものです。 このようなスーツケースに入れて持ち運ぶという ことはまず有り得ません。 さらに身分証も見つかり、 それによると持ち主は北九州の男性だということも分かりました。 これでハッキリしました。 恐らく、このカバンの持ち主は、北九州からの逃亡の旅の果て、 北関東の片田舎で荷物を捨てていったのでしょう。 警察の方も、 「これだけの状況では忘れ物とは考えにくい。 やはり何らかの事情によりここに置いていったのだろう」 というふうにおっしゃいました。 結局、このスーツケースは警察が預かることになり、 その場の見解では「事情により故意に放置された物」ということで一致しました。 危険な事も無く、とりあえずこの場は一件落着ということで落ち着きました。 パトカーの赤い光が駅舎から遠ざかり、駅員さんも仕事を上がって無人駅となったここの待合室に、 私はただ一人時間が過ぎるのを待っていました。 ・・・ しかし、 警察の方が引き上げてからわずか数十分の後、 事件は意外な方向へと 向かっていったのです。 突然 田舎の闇の静寂を切り裂くモーター音。 一台の車が、猛烈な勢いで駅舎に向かってきます。 そして、車から降りてきた一人の男性がやはり猛烈な勢いで 駅の待合室へと駆け込んできたのです。 そして、彼は一言こう言い放ちました 「うわー、 やっぱりもう誰かに 持っていかれちゃったかー」 ちょっと待て煤i ̄□ ̄;) 単なる忘れ物 だったんかい!! その人にカバンは警察が引き取った旨を言うと、猛烈な勢いで警察へと向かっていきました。 それにしてもスーツケースなんか忘れていくなよ……。(−_−;) |
| 2002/10/3(thu) |
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2002年の8月9日。 待合室に放置されたままのスーツケース。 「こんな大きい荷物を置き忘れるという事はないだろう」ということで 警察沙汰にまで発展したが、結局は単なる忘れ物だったという…… 8月9日。 午後8時。 スーツケースの一件が何も無かったかのように、いつも通り普通にスタッフが集まってきます。 さて、ここでのアルバイトと言えば、以前お話した通り仕事中の宿泊待遇が魅力ですが、 今回は夏休み中でお客さんが大勢いらっしゃるという事で、 駅近くのフツーの旅館にまわされました。(泣) 来る毎に待遇がグレードダウンしているのは気のせいだろうか……(参照:前回の待遇) などと疑問を感じつつも、宿舎に向かう一行。 川沿いの、民家が並ぶちょっと外れの所にその旅館はありました。 外観はまあ、「悪くはない」といったところでしょうか。 ・・・ スタッフの口々から不満の声があがります。 みんな「あのホテルの夕食が食べられると思ったのにー」と。(−_−;) 宿舎の玄関で、先に来ていた社員スタッフの方々と合流。 時間も遅いので、明日の打ち合わせを兼ねて夕食を摂ることになりました。 奥の大広間には既に料理が用意されています。 前回ここに泊まったスタッフの方が言うには、 この旅館の一番のウリは「料理の準備がいい事」なのだそうです。 なんでも前回はすっかり冷めきったカレーライス が用意されていたらしいですから。(爆) 準備よすぎだよ!!煤i ̄□ ̄;) そんな話を聞きつつ、とりあえず料理をいただく。 と、食事中、厨房の方から聞こえてくるモノ。 「ワン! ワン!」 ・・・もぐもぐ 「ワン! ワン!」 ・・・パクパク 「ワン! ワン!」 ・・・ もしかしてとんでもない旅館に通されたのか!? 煤i ̄□ ̄;) 旅館の庭で飼ってる犬がたまに厨房に入ってくるそうなんです。 ……衛生管理に疑問が残ります。 ・・・ 食後のミーティングも終了し、「新館」と書かれた部屋のキーが渡されます。 前回泊まった方に新館はどこかと尋ねると、 「今いるのが本館。隣にあるのが新館で、
奥にあるのが別館1、手前のが別館2です。」 ・・・ すいません、もう一回お願いできますか?(−_−;) 建て増ししながら規模を大きくしていった様子がよく分かります。 利用客にとってはややこしいことこの上ないですが。( ̄□ ̄;) 「別館2」なんてどう見てもカラオケボックスを改築したものです。 後で聞いたら実際そのようでしたし。 まあ、でも部屋は新館なので比較的きれいな部屋なのでしょう。 新館のエレベーターに乗って部屋に向かいます。3人も乗れば限界の、小さなものです。 バキッ! ミシミシミシ…… ガコン! このエレベーター怖いぃぃ(ToT) ホントに新館かよ! ・・・ 旅館の女将さん、 数々のネタを提供してくれるのはありがたい。 でも、仕事の前日くらいは 安心してくつろげる場を提供してください (ToT) 「大浴場」の定員が3人というのはどうかと思うのですよ。 虫が多いのに部屋の窓を開けっ放しというのはどうかと思うのですよ。 |
| 2002/10/4(fri) |
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2002年の8月9日。 バイト期間中に泊まるホテルへ。 しかし、繁忙期のためいつもよりはランクの劣る旅館に泊まることとなった。 オマケにその旅館ときたらネタの宝庫で……(あまりよろしくない方向で)汗 8月10・11日。 東京は有明で十万人が参加する祭典が開かれていたこの日、 私は北関東の山奥でバイトをしておりました。(泣) コミケ行きたかったよう( ´д⊂) ちなみに今回の仕事の内容ですけども この日はバイク乗りの方々を対象にしたイベントが催されてまして。 バイク関連の出店やお客さん参加のパレードなんかが企画されていたのですよ。 その中で荷物の預かり所の受付をやっておりました。(゚Д゚)ヒマー まあ、パレードなんかが催されるわけですから、 みなさんこの日はちょっと凝ったバイクや服装でいらしてました。 超カマキリハンドルのハーレーとか NATO軍で実戦投入されてるのと同じ型のサイドカーとか ライダースーツとプロテクターでゴテゴテに武装した人とか 普段見られないようなものがたくさんです。 ドラえもんの半ヘルかぶって親と二人乗りで来た5歳くらいのコ、かわいかったなぁ。 ![]() まあ、そういうワケで、ちょいと変わったバイトをしてれば いろいろと珍しい出来事と出会えるワケでして。 「sweet parfait」のバーリトゥードさんと出会ったのもここのバイトでしたし。 偶然と運命に感謝です。 ちなみに明日・明後日 まさにそのバイトが入ってるんですがね(爆) そーいうワケで、明日・明後日はちょっと更新をお休みします。 これから片道4時間、いってきま〜す。 |
| 2002/10/7(mon) |
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みなさん、お久し振りです。 今日からSUMMER編は「第二章 実家編」ですよ〜笑 2002年の8月10・11日。 今回のバイトはバイク関連のイベント。 色々と珍しい物を見たり。あ、前回は特にオチは無いっすよ? 8月中旬。 バイトが終了したことで都会での一連の用事が終了。 翌12日、早速夜行バスで実家に帰る。やっとプライベートな夏休みです。 明けて13日、実家に到着。そして連日連夜、友人たちと遊ぶ。 ・・・ 進学のために町を離れる若者が多い田舎の方々ならよく分かるでしょうが、 そういう所では友人が全国に散らばってしまうため、 春や夏に帰省したときぐらいしか旧友に会えるチャンスがないんですよ。 そういうワケで、短い夏を惜しんで鳴きつづける蝉の如く我々も遊ぶのです。 ・・・ その、怒涛の日々の中でも特に印象に残っていたのが8月17日ですかね。 この日は友人たちと4人で麻雀をやってたのですよ。 朝の10時から雀荘でなッッ!!(爆) 驚くのは早いぞッ! 結局麻雀が終了したのは夜の7時だッッ!!(腐) え? 昼食はどうしたのかって? そんなもん、その時点でビリだった奴に 買いに行かせたに決まってるだろうッ!(悪) 正直、もう少しで買いに行かされるトコでしたケド。( ̄□ ̄;) まあ、こういうトコは日中の料金が非常に安いので、9時間やっても場代は一人1000円ちょいでした。 大勝したので、 昼食代と合わせてもいくらか浮い(以下削除) ・・・ とまぁ、コレだけでも結構濃い一日だったワケですが、 この日のメインはむしろこれからでして。(怪笑) 一人が終電の為帰り(田舎は交通手段が止まるのが早いんだよッ!)、 残った3人で何かすることになったのですよ。 田舎というのは何をするにも移動しなければならないので、とりあえず車に乗り込みます。 とは言っても、これといって良い企画が挙がらずそのまま夜のドライブになだれ込みました。 テンションがおかしくなったのも、ちょうどこの頃でしたね。 友人宅前でクラクションを鳴らしてから逃げたり(大迷惑) 市街地で時速90キロ出したり(道路交通法違反) まあ、そんなこんなであちこちを走り回っていたんです。 ・・・ そろそろ時間も遅いし、帰るか、と話していた頃 夜中にも関わらず煌々と明かりが燈る一軒の店の前に お祝いの花輪が数個立っているのが目にとまりました。 何の店が開店したのかと確認しに行って、あら、ビックリ。 正真正銘のアダルトグッズ店です(笑) 普通、このテの店は小さな店構えでささやかに経営しているものですが、 この店は郊外のファミレス並の規模です。 ・・・ 突如現れた強大な敵を目の前にして、 我々3人は突入を試みました。 煤i ̄□ ̄;)マテ! ・・・ 店内、広いよ!(感動) いや、アダルトショップの店内が広いことがいかに素晴らしいかを日記で語っても ナンセンスなので割愛しますがね。(;´д`)ハァハァ ただちょっと気になったモノがありまして。 二次元コーナーに(18禁でないのに何故か)超有名同人ゲームの 「パーティーズブレイカー」と「エターナルファイターZERO」があったんですがね、 4,732円って何さ!? 超中途半端。しかもムチャクチャ高ぇ! どっちも秋葉原で買えば2,500円が相場だし。 ウチの地方で同人業界の進出が著しく遅れていることをいいことにボッたくろうって腹だろうか。 このような光景を目にすると、 地元の二次元産業(?)の将来が心配でなりません(ぉぃ) ・・・という、この私の主張を、 連れの友人が全く理解を示してくれなかったのも悲しいですが。(爆) ・・・ また、店の奥にはおもちゃが沢山あって結構面白かったです。(危) 首輪……6000円 やっぱり高っ!!煤i ̄□ ̄;) でも、手錠があったらマジで買おうと 思っていたことはまた別の話。(腐) 残念ながらありませんでした。 |
| 2002/10/8(tue) |
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2002年の8月下旬。 実家で遊び呆ける都会ぐま。 一日中麻雀したり、アダルトグッズ屋見つけたり。 美少女キャラ排斥運動家の方は今日の日記を見ない事をお勧めします。(笑) 8月下旬。 突然ですが皆さん。 「えここ」というキャラクターをご存知でしょうか。 あっち系の業界ではあまりにも有名なこのキャラクター。 二次元方向にアンテナをお持ちの方なら、知らない人はまずいないでしょう。 知らない人のために一応説明しますと、「えここ」とは東北電力の開発した省エネクーラー 「エコ・アイス」の販売促進用マスコットキャラクターの名前です。 しかし、「電力会社のマスコットキャラにしては随分アレじゃないですか!?」という容姿から ネットを通じ世の「ろりぷに属性」の青少年に大ウケし、数多くの同人作品を輩出、 ついには、えここオンリーイベント『エコケット』まで開催されることとなった伝説のキャラなのだ。 1999年の4月から同6月30日までの期間限定キャラであったため現在は公式の資料は残っていないが、 現在「えここ」関連のサイトを統括しているとも言える検索サイト「萌えるエコアイス」さんへのリンクを ここに貼っておくので、そういうのOKな人はこちらで確認して欲しい。⇒■ ここの壁紙がえここのオリジナルである。 ・・・ さて、この「えここ」、 厳寒の東北が二次元世界に放った恐るべき刺客であるが、 その東北の一端を担う秋田県から 今、新たなる刺客が送り込まれようとしている!! この名をご存知だろうか? 丘野みなみ(通称:みなみちゃん)は、秋田県住宅供給公社が
開発を進める新興住宅地、「南ヶ丘ニュータウン」の PR用のマスコットキャラクターだ。 ここに、秋田県住宅供給公社のホームページへのリンクを貼っておくので 興味のある方は参考資料として見てほしい。⇒■ いかがです? 確かに一度見ただけではピンと来ないかもしれない。 ややインパクトに欠ける部分があるのは否めないが、しかしこの娘、 よく見ると オーバーニーソックスにポニーテール、 そして耳からのこぼれ髪。 更に「環境と案内図」のカットでは、ランドセルにリコーダーを装備、 そして何より赤ランドセルが眩しい小学生である。 私自身、最初はそんなに気になるという程のものではなかった。 しかし、PR用キャラにしては随分とカットの種類も豊富だ。静止画テレビCMの多い田舎にしてはよく動く。 何と言うか、見ていて非常に飽きがこない。となれば、CMなり広告なりついつい見入ってしまう。 そうして人はみなみちゃんの魅力に惹き込まれていくのである。 一撃必殺のインパクトは無くとも、見るものを知らず知らずのうちに惹き込んでいく魔力を みなみちゃんは持っているのだ。 事実、みなみちゃん関連のサイトも既に立ち上がっている。 ※関連サイト:「WhiteWall」さん、「琥嶋商店」さん、「南ヶ丘」さん そして、なんと先日は大手ニュースサイト「カトゆー家断絶」さんでも取りあげられました。 今や、みなみちゃんは、確実にその勢力を拡大しているのだ。 ・・・ さて、このように夏休み日記の枠を使って何故わざわざみなみちゃんを大々的にとりあげたのかというと、 実はこのみなみちゃんがマスコットキャラクターを務める南ヶ丘ニュータウン、 なんと 所要時間:自転車で約15分 そういうワケで、行ってきました。
証拠のマイ自転車↑(笑) (8月下旬の某日 南ヶ丘ニュータウン入り口にて) 一部とは言え全国規模で話題なっている二次元キャラがこんなにも身近な存在であるという事実が嬉しくて、 居ても立ってもいられませんでした(笑)。 ・・・ しかし、この「南ヶ丘」。 実家から自転車で15分の距離とは言え、実家がすでに市の中心街からやや外れた所に立地していて かつ市街地とは全くの逆方向。唯一のアクセス路として南北に伸びる県道があるが、 この道路は隣町と市街地とを結ぶ役割しか無く、道路沿いには水田が広がるだけである。 車で通過することはあっても、自転車で訪れるような場所ではない。 私も地元民ながら南ヶ丘周辺に行くのは初めてだ。 (この坂の向こうに、みなみちゃんがぁっ!(マテ)) 斜面が急な為、南ヶ丘へと登る坂は窪地を大きく周るように設けられている。 (きっと公園では、なわとびや鬼ごっこに興じるみなみちゃんの姿がぁっ!!(ォィ)) 最後の大きな直線。坂を一気にのぼりきる。 (うおおおぉぉぉ! イッツ・シークレット・ガーデンッ!!(謎)) 一気に視界が開ける。
「南ヶ丘」 やられた!煤i ̄□ ̄;) 考えてみれば、土地の分譲が始まったのが去年の10月19日だ。 その時点で売り出されたのが全750区画の内、南側の151区画だ。ちょうど全体の1/5の規模だ。 つまりはその部分しか開発が済んでいないっちゅーことだ。 また、その開発区だってどんなに新居の建築プランがスムーズに進んで10月に土地が決まったとしても、 そこから土地の形状に合わせ家の見取り図をどう作成していくかという話になる。 更に、降雪量の多い秋田では厳冬期の建築工事は文字通り凍結する(実家の今の家が建つ時そうだった)。 となれば、着工は3月下旬か4月になる。それで一番早い場合だ。 家なんて建ってるワケが無ぇ。
閑古鳥。 道路の真ん中にだって自転車放置できちゃう。(笑) 奥に見えるのはモデルルーム。ちらっと覗いてみましたが、説明員すらいません。無人です。 結局、 今回の「南ヶ丘に行ってみなみちゃん的なものを見つけてこよう」計画は不発に終わりました。 それどころか人っ子一人見つけることができませんでした。(ToT) 尚、当サイトは、今後「みなみちゃん」の美少女キャラ界への進出を全面的に支援します。 応援のイラストやSS、また、みなみちゃんに関する情報など、お待ちしております。(マジ)笑 |
| 2002/10/9(wed) |
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2002年の8月下旬某日。 「みなみちゃん」を追い求めて南ヶ丘ニュータウンへ。 当サイトはみなみちゃんを応援します。 9月6日。 長かった実家での休暇も終わり、この日私は600キロ離れた都会に戻ることになりました。 普通、ウチの田舎の秋田県から東京に行くには新幹線か飛行機を使うものですが、 この日私は 港に立っていました。 折角まだ夏休みが残っているのだし、どうせならのんびり時間をかけて帰ろうと思いまして 旅をしながら帰ることにしたのです。 題して、「東日本縦断ぶらり一人旅」(古っ) 友人が東日本のあちこちに住んでいるので、そこに泊めてもらいながら各地を転々としようと思いまして。 大体の行き先は決めてありますが、滞在日数も特に決めてないし、 途中の交通手段のチケット手配とかも全然やってません。 「その時の気分」によって適当に歩く、これぞまさに旅! こういうの一回やってみたかったんですよー。 ・・・ 9月6日 午前7:20 実家を出て、歩いて駅に。 通勤・通学ラッシュの電車に揺られながら一駅。下車。 隣駅から歩き、港へと向かう。 午前8:30頃 港に到着。ここから日本海を南下するため、新潟行きのフェリーに乗る。 秋田―新潟間の船賃は片道3000円。電車の半額以下ですから格安です。 午前9:00 土崎港を出港。甲板に出て離岸の様子を見る。 ああ、青い空に青い海! 洋上の甲板で風を一身に受けるのが、私の長年の夢!! だからお願い、曇らないで。(ToT) ※この日は曇りときどき雨。青空なんて少しも見えませんでした。 結局悪天候の為すぐに甲板から閉め出されてしまい、ニ等客室の床にゴロリ横になる。 ・・・ 午後3:30 新潟港着。外は見事に雨。 カサなんて持ってません。旅人ですから(謎)。 この後、新潟の友人と合流。せっかく越後に来たんだから温泉でも、ということで 銭湯を三つくらいランクアップさせたようなスゴイ公衆浴場に行く。「洞窟風呂」とかあるし。(何) 翌9月7日。 昼過ぎ。 友人が「安くてたくさん食べれるラーメン屋を知ってる」と言うので、案内してもらうことに。 しかし、その店の張り紙 3番目?煤i ̄□ ̄;) 新潟はそういうランクがキビシイお国柄なのでしょうか? いや、確かに市内にラーメン屋がすごく多いけど。 でも「3番目」とはまた微妙な…… ・・・ 席に座る。 友人がオススメがあると言うので注文を任せる。 友人「ラーメン トリプルでお願いします」 トリプル?煤i ̄□ ̄;) はて、トリプルとはいかなるものか、と友人に尋ねる。 友人「普通のラーメン三杯分の麺が入ってる」 3杯だーっ!?by 悟空 ちょっと待て、ただでさえ男にしては小食な私に ラーメン3杯分食べろと言うのか!? そりゃあどこぞの旅の人形使いは一度にラーメンセット3杯食べるけどオレはそもそも法術なんて使えねーし 友人「あ、ちなみに残したら追加料金取られるから。ココ」 煤i ̄□ ̄;) 以前、この友人を激辛カレー屋で苛めた記憶が蘇ってきます。(泣) ごめんよぉー。ゆるしておくれよぉー。ToT ・・・ 「ヘイ!お待ち!!」 ……眼前に現れた大量の麺とつゆ。コレをラーメンと呼んでいいのだろうか。 「ラーメン一杯」と言うよりは「ラーメンいっぱい」である。 箸をつける。 空腹感に任せて一気に麺を流し込むが、1/3も食べたところで箸が止まる。 (いや、この量でラーメン一杯分なんだからそれで普通なんだろーが) ・・・ 10分後。 減らねぇ。(ToT) それなりに食べているつもりなのだが、麺は一向に減らない。 それどころかさっきより量が増えているような気さえしてくる。 (いや、麺類なんだから実際増えているんだろうが。爆) ・・・ どこまでも続く、先の見えないバトル。 ・・・ 結局完食はしたものの、 ラーメン一杯食べるのに40分もかかったのは 初めてでした。(ToT) それでも夜にはまた腹が減るから不思議です。 食い貯めと寝貯め<ができたらどんなに便利なことか…… |
| 2002/10/10(thu) |
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2002年の9月6・7日。 旅。船で新潟へ。 友人の勧めで、通常の3倍の量のトリプルラーメンを食べる。 ……ラーメン一杯食うのに40分もかかった。(汗) 9月7日。 昨日の日記と前後しますが、この日の昼近くの事です。 ヒマだからどこか遠出しよう、ということになり、 友人の運転する車で新津に行くことになりました。 新潟市街地を出てバイパスに上がる。 新津に向けて一路南進。 と、分岐点にさしかかって友人が一言、 友人「やべぇ、車線間違えた。 どこかで引き返さないと新発田に着いちまう」 新津は南。新発田は東。全く違う方向です。 都会ぐま「面倒臭ぇ。じゃ、その新発田ってトコに行こう」 超適当。(爆) 結局、新発田に行くことにしましたが、友人も新発田には何があるのかよく分からないとのこと。 ただ、友人の先輩が以前「新発田城」なる所に行ったとか行かないとかという話をしていたそうなので、 一路「新発田城」を目指すことにしました。確認したら道路地図にも一応載っていました。 ・・・ 40分後 新発田市到着。 城はどこだ、と建物を探す。 城なんだからそれなりに目立つはず、とあたりを見回す。 と、のぼりを発見。 復元!?煤i ̄□ ̄;) 城、無ぇーのかよ!! ※現在は城門があるだけです。 そして新発田市から帰ってきて例のラーメン屋に。(鬱) ちなみにこの日の夜も昨日と同じ温泉に行ってきました♪ |
| 2002/10/11(fri) |
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2002年の9月7日。 城を見に行ったら城跡だったのよ。 9月8日。 快晴。 この日は、兼ねてからの予定通り佐渡に行くことにしました。 こういう機会でもないとなかなか行けませんからね。非常に楽しみです。 佐渡へは、新潟港からフェリーで行きます。 時期によって大分バラつきがありますが、この時期は一時間に一本くらいの割合で出ています。 料金は片道2000円ちょっと。安くはありませんが、折角ですし。 で、この日は朝ちょっと寝坊してしまったので、12時ちょうど発の船に乗ることにしました。 友人のアパートを出て、一度新潟駅に向かいます。 このまま行けば駅に着くのが11時30分。駅から港までバスで15分。 15分程余裕があります。 しかし、駅に来たついでに私が新潟を出るときの高速バスのチケットを買ったんですが チケットプラザがちょっと混んでまして、出てきたら11時45分くらいになってしまったんですよ。 困りました。バスだともう間に合いません。 しかし、もう一時間も待つのはイヤだし、第一向こうで観光する時間がなくなります。 これはなんとしても残り15分でフェリー乗り場に着かなくてはなりません。 そこで、私たちは思い切ってタクシーで行くことにしました。 都会ぐま「佐渡フェリー乗り場までお願いします!」 11時47分。 渋滞につかまる。 厳しくなってきました。 私が友人に「時間、微妙だな〜」と言いました。 すると、タクシーの運転手さん、察してくれたのか、 市街地にも関わらずギアを5速に入れました。 猛ダッシュ。 速いです。 おお!これなら間に合うゼ! 運転手さん、アンタ男だよ!! 11時50分 信号につかまる。 間に合うのか?間に合うのか? ドキドキ。 11時55分 着いたぁっ!! おじさん、ありがとう!! ダッシュで窓口に向かう私たち。 しかし、これからまだ乗船手続きがあります。 かなりキビシイです。 全力で走る、私と友人。 階段が長い! 受付が遠い! うあああぁぁぁ! 走れぇぇぇ!! ・・・
↑乗る筈だったフェリー。(展望台より撮影) いや、乗ればギリギリ間に合ったんですが、ちょっと別の問題が持ち上がってしまって…… 結局その後の船にも乗れず、佐渡上陸作戦は失敗に終わりました。(鬱) |
| 2002/10/12(sat) |
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2002年の9月8日。 佐渡に行く事にした、都会ぐまと友人。 しかし搭乗時間ギリギリにフェリー乗り場に到着した挙句 トラブルが発生したため佐渡行きを断念。(泣) 9月9日。 新潟に来て4日目。 この日は新潟を出て、新たなる地、仙台に旅立つことにしました。 移動手段は高速バス。片道4時間、5,000円。リーズナブル。 友人に別れを告げ、昼前に新潟駅の長距離バス乗り場に向かいます。 午前11:20 新潟駅バスターミナルを出発。 これから4時間、座席に座りっぱなしです。 長距離移動の時は本を読んだり音楽を聴いたりして退屈を凌ぐワケですが 乗り物の中で本を読むと酔ってしまう私は専ら音楽を聴いています。 まあ、ソレに飽きたら××な妄想に耽ってればいい話ですが。(爆) そういうワケで脳内に咲耶召喚♪(ぉぃ) ・・・ しかし、さすがに4時間ともなるとそれだけでは退屈を凌ぎきれません。 なんか車内に面白いコトは転がっていないか。 と、運転席の横にある「乗車中の注意事項」に目が留まります。 1.走行中みだりに運転手に話し掛ける 2.物品をみだりに車外に投げる 3.運転に必要な機械装置に手を触れる 4.走行中の扉の開閉 ・・・ふーん。 5.走行中の自動車に飛び乗り、また、これから飛び降りること ちょっと待て!煤i ̄□ ̄;) 以前、このバスにルパン三世でも乗ったのか!? 注意書きの5番目はあまり必要ないと思います。(−_−;) ・・・ さて、何だかんだで4時間が過ぎ、仙台に到着しました。 午後3:30 仙台駅着。 仙台では、「総務砲e」のぱきらさんと、もう一人友人のY君の家にお世話になることになっています。 駅で二人と待ち合わせた後、一通り駅前を観光。ぱきらさん宅に向かいます。 午後6:00頃 ぱきらさん宅到着。 丁度夕食時だし、オススメの店があるから、ということで ぱきらさんの案内で近所の定食屋に行きます。 席について、注文したのが「スタミナラーメン」。 ぱきらさんとY君が是非、と言うので私も頂くことにしました。 「スタミナラーメン」と言うからには、 チャーシューやにんにくが盛り沢山なのでしょうか。非常に美味しそうな響きです。 待つこと数分。 運ばれてきたのは、キムチで真っ赤に染まったラーメン。 ボリューム満点! 新潟のラーメン程ではありませんが、結構な量があります。 激辛! 辛い食べ物が得意な私ですが、それでもかなり辛いです。 一口食べるごとに鼻をかむ男3人。 粘膜が痛いのよ( ̄□ ̄;) 強烈な舌の痛みと闘いながら消化していく。 ・・・ 20分後 食べ終えて思ったこと。 「スタミナラーメン」って スタミナのつくラーメンじゃなくて スタミナを使うラーメンだったんですね!!(爆) 新潟に引き続き、大盛り。 東日本グルメツアー? |
| 2002/10/13(sun) |
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2002年の9月9日。 仙台に到着。 友人に勧められた「スタミナラーメン」。 ボリューム満点で激辛。 食べるごとに体力を消耗していくそのラーメンの正体は、 「スタミナのつくラーメン」ではなく「スタミナを使うラーメン」でした。 9月10日。 宮城県が有する、日本三景の一つ 松島。 宮城に来て、やはりここは外せません。 そういうワケで、我々三人は松島に行くことにしました。 電車に揺られること30分。松島に到着。 私は小学校の修学旅行先が宮城だったので松島に来るのは二度目ですが、 子供の時に訪れるのとはまた違った趣があります。 海に浮かぶ、いくつもの島々。
老木に囲まれた社は静かな佇まいを見せ 悠久なる時の流れを感じさせます。 駅から歩いて、松島の名勝、瑞岩寺に到着。 一時間後、出発。(←休み過ぎだって) 今度は五大堂を目指します。 五大堂には、賽銭箱が置いてあって願がかけられるようになっているんですね。 私たちは、それぞれ何を願うのか話し合います。 Y君「俺はやっぱり『単位が取れますように』かな〜」 ぱきらさん「俺、テスト落としたっぽいから、『追試に合格しますように』だナァ」 都会ぐま「じゃあオレはまだレポート書き上げてないから、 『無事レポートが書き終わりますように』だな」 非常に俗っぽい願い事ですが、学生らしくてそれもいいでしょう。 お堂の正面に立つ。 それぞれが5円玉を同時に投げ入れる。 手を叩き、願いを口にします。 パン! パン! Y君「単位が取れますように」 ぱきらさん「嫁が欲しい!!」 都会ぐま「妹が欲しい!!」 ごめんなさい、 つい言ってしまいました。(爆) ぱきらさんの日記にも同じネタが載ってますが、決してパクリではなく(汗) やっぱりこの出来事は外せませんので書いちゃいました。 |
| 2002/10/14(mon) |
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2002年の9月10日。 日本三景の一つ、松島に行く。 五大堂で私がお願いした事は「妹が欲しい」。 ちなみに今回で「SUMMER編」最終回。 9月11日。 この日は仙台から約20qの秋保温泉に行・・・ ・・・こうとしましたが、 起きたら昼近くだったのでやめました。(−_−;) 特に面白そうな企画も挙がらなかったので、そのままずるずるとお昼のドラマ 「新・愛の嵐」を見ます。(爆) 番組も終了。またヒマになります。 あんまりヒマだったので、ぱきらさんのサイトの代打日記をしたり。 この日の日記書いたの私です(笑)。 結局この日は街に繰り出して適当にふらついたり ゲーセンでビリヤードやったりして終了。 翌12日。 男三人で八木山動物園に行く。 わーい、ぞうさん。わーい、キリンさん。 あはは 幼稚園児がいっぱいだー。ぱんださんぱんださん。ぱんだ幼稚園ー。(謎) そしてその足で、隣にある遊園地「八木山ベニーランド」へ直行。 ジェットコースターを二台ハシゴした後、観覧車へ。 Y君は用事があって動物園で一旦別れたので、ぱきらさんと二人っきりです。(!) 観覧車から見る仙台の街並みは、何故か寂し気でした。ToT ・・・ さて、この日は旅の最終日。 この日の夜行バスで東京に帰ることになってます。 夜11時前。 ぱきらさんとY君に見送られて、東京行きの深夜バスに乗ります。 実家に向かう深夜バスに乗ったのが8月の12日。 ちょうど一ヶ月アパートを空けたことになります。 田舎を出て都会に来た身としてはやはり 都会の暮らしを窮屈に感じることもあります。 立ち並ぶビル群。眠らない街。 歩道を埋め尽くす人、人、人。 ですから、帰省や旅行なんかをすれば「このままずっと」などと考えてしまうワケです。 しかし、どうしてでしょう。 夢を魅る者に希望を与える都会。 夢を追う者に絶望を与える都会。 平穏を望む物には残酷な都会。 それを分かっていながら、この都会に立って 街の灯をただじっと見つめたくなるのは。 闇がこれほどまで似合う場所は他に無いから、か などということを考えながら 南へ向かうバスの中、目を閉じる都会ぐまだった。 目覚めれば、そこは都会だ。 TO BE CONTINUED IN THIS PICTURE ![]() |